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夢をこじらせる

こじはるじゃないよ。わりと好きだけど。
 
とゆーことで、今回はテレビの話じゃないです。
わりとシリアスなお話・・・・では、はじまり、はじまり。
 
小さな頃から文章を読むのはわりと好きな子だった。
でも、平均的な枠ははみ出してはいなかった。
 
年をとるにつれて、読書好きも成長し、小説・エッセイ・漫画までお堅いもの、難しいもの以外は手にとるようになった。
 
小説とか漫画とかが特に好きで、文章とか会話とか物語が特に好きなんだなと自分のことを思っていた。
 
でも、自分で書こうとは思わなかった。
漫画は絵がだめだし、小説を書くには「あふれんばかりの才能」が欠けていると思った。
 
感受性は豊かなほうではあるが、それを軽く上回るほどの忍耐力がある。
 
つまり、何かに爆発的な才能をみせるタイプではなく、平凡な日常をつつがなく送っていくタイプなんだなと納得してしまった(昔から客観的な子だったんです)。
 
そして、それも決して間違ってはおらず・・・
 
文章を読むのは好き、理解力もある。
文章を書くのも比較的得意。特にスピード力はある。
でも、だからって特徴的な文体を駆使できるわけではない。
 
平々凡々な文章をすごい速さで垂れ流すことができるというだけ。
こんなんじゃダメでしょ? 
お金になるものは書けないでしょ?
 
奥田英朗とか、山本文緒とか桐野夏生、吉田修一にときには高村薫(ほんとに難しい)にまで手を出していて、妙に目だけ肥えてるもんだから、自分のレベルの低さというかプロになれそうもないってこともきっちりわかっている。
 
物語を描き、その中の人たちを生々しく描くことは誰にでもできることではありません。
 
北川景子の美しさも奥田英朗の小説構築力および文章力も、天賦の才能という意味では同一なのです。
 
いろいろ納得。
自己完結。
 
そして、夢なんかみるよりも、安定して安全な生活をしていこうと社会に出るわけですが、会社員もまた適性を問われるわけですよ。
 
仕事はそこそここなせる。
その点では「会社員の適性」を満たしているでしょう。
でも、とびぬけてはいない。
 
すると社内でほかのことをちょこちょことしなければならなくなる、生き残るために。
 
自分のポジションをあげるために上の人間にとりいったり、好き嫌いではなく利害関係を優先して社内の人間関係を選び取るとか、そういったこと。
 
それが全くできなかったし、できるようにならなかった。
 
こんなふうに幼くてあんぽんたんな自分に気付き、思うわけです。
 
やっぱり少しでも適性のある道を探るほうがいいんじゃない? 
 
向いてないことをずっとやるのって、しんどいし、時間の無駄かも。
 
会社員=安定って考えてたけど、苦手なことを続けるリスクってすごいのでは?
 
会社員になれる確率と物書きになれる確率は、そりゃあ後者のほうがぐっと低い。
 
でも、そーゆー確率の問題って、自分の適性と掛け合わせて考えるべきじゃなかったの?
 
とはいえ、あっちがだめならこっちで花開く?
 
世の中そんなに甘いもんじゃありません。
 
こんなふうに、常に自分の成功に懐疑的で臆病なのです(おそらくそういった方が大半なのだと思います)。
 
小さくなって、流れ弾をよけるような毎日・・・このままじゃいかんでしょう。
 
どげんかせんといけん(別に宮崎出身じゃなかとです)。
 
おちゃらけて書いてますが、でも、ほんとにまずいんですよね、今の世の中でこんなふうに「輪郭のはっきりしない生き物」であり続けるのって。
 
何者かにならなければ、先は見えてこない・・・
 
別に自分の力を誇示したいとか、すごいと言われたいというわけではなく、防衛的な意味で。
 
今はそんなふうに切迫した世の中なんだと思います。
みんな多かれ少なかれ、感じてるはず。
 
ということで、夢破れたときのリスクもおそれず(それに費やした体力、時間を思えば愕然とする日が来るかもしれない)、一歩を踏み出したわけです。
 
きゃ~、なんかここまで書いてきて猛烈に恥ずかしい。
大袈裟(笑)。
 
でも、文章にするとやっぱりこんなふうになっちゃうんですよね。
 
踏み出したといっても、普通に働きながら、空いてる時間に小説書いて、新人賞に送るといった感じのことをしてるだけで、別に借金背負って何かをはじめるとかじゃないので、人から見たら「なんてことない」でしょう。
 
しかし、本人にとってはドッキドキなのです。
「少しは適性があるかも」って浮かれて、叩き落されるリスクを背負いながら動いているので。
 
文章を書く、そしてそれを生業にしたいなんて人間です。
繊細はとっても繊細。
そんな人間が、夢見て浮き上がって、叩き落されるなんて・・・マジで怖い。
 
でも、これって、繊細とか非繊細とかって関係ないんですよね。
 
屈強な肉体を持ってスポーツを志すアスリートだって、こんな危うさを抱えて走ってるはず。
 
誰だって効率的に人生を進めたい。
うまくいかないことに体力だったり気力だったり時間だったりをとられたくはないわけです。
 
人ってケチですね。
でも、そーゆーケチさ=冷静さがなければ生きていけません。
自分の力では。
 
お金だけが人生じゃない。
でも、お金は実はとっても大事。
それと同じ理論。
 
そして、ときにはじりじりと背中を押されるように、博打に踏み出してしまうことがあるのです(私の場合がコレ)。
 
全然明るい要素はないですが、でも、これも夢への一歩には変わりない。
 
ということで、私がとった行動を以下にまとめてみます。
 
1.大手出版社の新人賞などに応募
 
ちょいちょい予選通過したりしますが、当然デビューには至らず。
 
最初に文藝春秋の短編か何かの賞(今はない賞)に応募して予選通過してしまったのが運のつき(今考えると単なるビギナーズラックなんですが)。
 
「向いてるかも」と勘違いして、この先何年何年も走り続けてしまうのです。
 
2.出版系の新人賞をあきらめ、ネット小説にチャレンジ
 
ちょっと大人な(アダルトな)恋愛小説やBLなど、ネット需要の高そうなものにチャレンジしましたが、結果はいまいち。
 
でも、ネット小説の賞に応募して、最終選考まで進んだりもありました。
 
BLとか、ほぼ読んだことがないものにチャレンジするから、なんか変な感じに(当然、支持を得られず)。
 
Hな恋愛小説も、ネットで求められているものというより、官能小説のようになる始末(こっちもちゃんと読んでないからでしょうね)。
 
どうしても求められているものより文体や内容が硬くなって(下ネタじゃないよ)しまって、古さ(年齢)が出ちゃってます。
 
3.まだ残ってる道といえば・・・ということでAmazonのKindleにチャレンジ
 
これまでの作品をアップしてみました(ペンネームは梅春)。
 
反応は・・・上々とはいえません。残念。
 
よかったら、チェックしてみてください。 
立ち寄ってもらえたらうれしいです(ちょっとアダルトな恋愛小説やBLもあるのでご注意ください)。

1~3をすること十数年(断続的です。何もしてない数年もふくんでるので)、結果は出ておりません。
 
もうやめようと思ったときに、予選通過しまくったり(それまで落選続きだったのに)、時には最終選考まで進んでしまったりするから、「もしかして?」とか思ってあきらめの悪さが芽生えてしまって・・・こんなふうにこじらせちゃってるんですね。
 
なんだかんだで年月を費やしてるんですが、何がつらいって、自分の書いたものが良いとは思えないこと(書いてても楽しくない)。
 
「下手くそ」「おもしろくない」「変にまとまってて売れない中堅作家の書くものみたい」「なんじゃこりゃ」
 
こんなふうに思ってしまう。読者として目が肥えているせいもあるんでしょうね。
 
いつまで続けるんでしょう。
本人にもわかりません。
 
ある日きっぱり止めてるかもしれないし。
 
ひとつわかったことは「こじらせる」ってほんとにやっかいだということ。
 
こんなことわかるより、何かの結果が手にいれたいんですけどね・・・